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    四季の顔

    • 2018.07.20 Friday
    • 22:14

     浅利慶太さんが亡くなられた。

    最近は四季の第一線を退いたみたいで最近のミュージカルファンはご存知ない方も多いかもしれない。

     

     宝塚で舞台の魅力に惹かれ、東宝ミュージカルに通うようになった私が最初に観た四季の公演が「コーラスライン」の日本初演。市村正親さんや久野綾希子さん等の劇団員の他に前田美波里さん等が出演していた。その後「ジーザス~」で山口祐一郎というスーパースターが誕生して、私自身もミュージカル熱が高まり、月に一度はミュージカルを観劇するぞ、と思ったりしたけど当時は毎月どこかで上演しているほどではなかった。

     

     それから「エビータ」の上演権争奪戦で四季が勝ち取った時辺りから雲行きが変わった。

     

     宝塚から入っている身としては劇団なのになぜオリジナル作品じゃなくて海外作品をやりたがるのか、と不信感めいたものを抱いた。

     一部雑誌で浅利さんは政界進出のうわさも目にして、あまり劇団の演出家としては好印象はもてなかった。

    ほかにもいろいろあって、けっきょっく私は日本のショービズから遠ざかった。

     

     その間に日生劇場からキャッツ・シアター、汐留に新しい劇場を建てた時は政界進出はしなかったけれどやはり政界、財界に繋がりの強い方なのだなって思った。

     あれよあれよという間に日本の主要都市に専用劇場を設けて常時公演を可能にしたのは日本のミュージカルの発展に欠かせないことだったと思う。いつあれだけの劇団員を要請したのかしら。

     私からは作・演出家というよりプロデューサーというイメージが強い。劇団の公演を可能にするため、興行的にも成功させるためのあらゆる手段を講じた人。

     前にも書いたけれど汐留で観劇後、多くの観光バスが連なったのを見て驚いた。おそらく観光業界とも何かしらの提携をしたのだろう。ミュージカルに縁遠く、都会にもめったに出ない人たちも足を運んで生のミュージカルに接したのだろう。

     

     いつの間にか男性は四季出身の俳優が東宝ミュージカルを支えるようになって、福岡にいた井上芳雄少年とミュージカルを結びつけるきっかけになったことも大きい。

     ジャニーさんの「You、やっちゃいなよ」ではないけれど、浅利さんの「一音外す者は去れ」という厳しい言葉も有名。

     

     ここ数年は劇団から一歩退いた形らしく、どこまでが彼の手掛けたシステムなのかはわからない。

    でも間違いなく日本のミュージカルの発展は彼なしにはあり得なかった。

     奇しくもこの夏は四季が上演権を持っている大作「コーラスライン」「エビータ」そしてバージョンは違うけれど「オペラ座の怪人」。

     

     ご冥福をお祈りいたします。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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